主体性は愛と同じくらい疑わしきものだと、このごろは感じている。
「最近の学生には主体性がない」
これはあくまで一般論である。
しかし、この一文、よく考えてみると、そもそも人間に主体性なんぞがあるのか。
主体性とは自分の意思や判断で行動しようとする態度、って辞書には載っていますが・・・・・
そもそもそんな「自分の意思、判断」って存在するのか。
どんなエライ知識人、文化人と呼ばれている人たちだって、議論に持ち出す数字は、どっかの誰かが調べたデータ。まずそのデータとか怪しすぎる。
この間特番で、雇用問題を朝まで考えるみたいな番組をみたのだけど、政治家と民間の意思疎通の出来てなさもさることながら、データの食い違いとかもすごかった・・・・・・あれ、真夜中で生放送だから放送できたんだろうなぁ・・・・・・とか、ちょっと思う。
それと一緒で、だれしもが、調べたまたは聞いた情報を基に判断しているだけであって、その情報媒体や、情報源に多分に影響(いい印象をもっている人から聞いた話は鵜呑みにしやすいって、あるよね)を受けている。
その情報を信じるかどうかはその人個人の意思かもしれないが(厳密に言えば、その情報源や情報媒体に対する印象は何か他のものからの影響であるから、それも確実に個人独自の判断というわけではないというような気もしないでもない)、その情報を信じたとたんに、その情報に影響されているということであるから純粋に自分の意見ではない。
つまり、誰しもが何かしらの影響を受けているから、その人の意見というのはその影響を受けた意見である、ということ。
しかしこれが「自分の意思で判断していない:主体性がない」ということにつながるということではない。
自分の意思、判断というのは、いろんなものからの影響で形作られていくものだと思う。
それがどんなに偏ったものからの影響だとしても、である。同じ人が二人と居ないように、すべてにおいて同じ判断基準や意思をもった人間は存在しないだろう(多様性って不思議)。様々な影響を受けた自分の基準、それ自体を主体性と定義する(なぜなら影響は個人によって違いがあるから)。
ここでの議論のポイントは、(私のみている)日本人は影響を受けすぎる(あるいは、情報を鵜呑みにしすぎる)、というところ。
こないだは麻生さんを持ち上げといて、今は麻生おろし?
なにコレ。いみ、わからん(そのほかもすごい色々。小沢さんの問題は一体どこいったの??あれ隠すみたいに、今麻生おろしって別問題を盛り上げてるじゃん。小沢さんの献金問題につっこんだらヤバイ人がずるずる芋づるででてくんじゃないのか。政治家も官僚も教育も企業も不透明・・・・・・透明な国があるかどうかは不勉強なので知らないけど)。
まあ、日本国民全員が流されてるなんて思ってはいないけど、
「今年は不況で就職が大変」???
傾向だとは思うけど、日本中すべての会社がそうとは限らない。(ていうか・・・・・・新卒の時の景気で生涯賃金が変わるってシステム、バクチすぎだろう・・・・・・)
いろんな影響をどんどん受けることによって、自分の判断基準や自分の意思が形成されるのに、影響をうけることによってどんどん判断基準、価値基準、意思が画一化されて「主体性」が埋もれてゆく。
通常、「主体性」となる個人の基準が、影響を受けることによって発散されるべきであるのに対して収束してしまっている(ように感じる)。
この原因に、入ってくる情報(基準に与える影響の一つ)が偏っているというのが挙げられると思う。
地域や手段によってどうしても情報は限られる。
ネットは比較的言論が自由で真実(に近いもの)が載っているかと思ったがそんなことはない。
ネットこそ、一番言論が制限・弾圧されても証拠が残りにくい場かもしれない(さーて、どこぞの国のスパイネットワークがあるとはウソか真か、はたまたウソから出た真か)。
さらに、大抵の人間は自分とは違う生き物だから、参考にならない場合も多い。
また中高生の割合も高い。年齢が特定できないので、世代別で意見の分別ができないけれど、若年層(中高生)の話はおそらく参考にならない場合がほとんどだろう。飛び級でもう大学生とか、社会人ならいざ知らず。
あるいは 故意に 情報が操作・制限されているとか ざらかも しれないけどな(特定の情報源に限らず)!
ということで・・・主体性を確立しよう!と企業を調べても、情報は少なくて、社会人におどらされているだけっていうときもある。(例えば就活サイトの企業ランキングとか、企業情報とか)
親戚に聞いた情報でも間違っているときもある(そもそも、その人がどれだけその会社の全体を把握しているかも謎だし・・・・・・)。
まとめ。
各個人本来の主体性を発揮するには、情報が少なすぎる、偏っている、あるいは操作されている(かもしれない可能性がある)。
だから主体性があるように見える人の方が危なかったりすることもある(偏った情報、誤った情報を鵜呑みにしている可能性がある)。
流されやすい国民性を利用されて、国民が官僚や一部の人間によって無能化あるいは家畜化させられていっている気がするのは私だけだろうか・・・・・・
そのうち家畜人ヤプーを読んで精進したいと思います・・・・・・
しかしながら!
あるべき姿(?)の「主体性」を意識しすぎて、「影響を全く受けない」というのもはてさて困りものなのである。
たとえば、今は「不景気」だとたいていの人が感じている。直接感じてなくても、世間様はそうなんだろうな~くらいは思っていて、これからいつ自分が困るかわからないので、一応、準備はなんとな~くしている。
そんなおり、「え?不景気?ぜんぜん感じないケドな~」とか言って直接マジに不景気を肌身に感じてる人や「不景気~」とか言って世間様の流行に敏感なのよ的な人に言っちゃったり、そんなスタンスで商売しちゃうと、経済の流れを読めていない人だと誤解されて信用が落ちたり、ビジネスチャンスをのがしたり、酷い場合はハブられるかもしれない(近所のお方たちや友人とかに・・・・・・笑)。
ま、アウトサイダーにはならない方がやりやすいって話なんだけど、
それを忘れると、自分のクビを締めることになりかねないってこと。
一番うまい手は、
イタく無い程度にさも「主体性がある」体で演技をしつつ、 流行の意見にのっかり、イヤミでない程度に流行に反論する(反論は奇抜すぎないこと。あくまで相手がどこの国のどんな政党を支持してようと納得させることができる程度の無難なものにすること)。
かな(失笑)。
皆でハリボテを見抜いて、自分のハリボテは見抜かれないようにするんだ!
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